アラウのハンマークラヴィア (2005/06/11)
クラウディオ・アラウは好きなピアニストの一人である。以前、ベートーヴェンのディアベリ変奏曲やら後期のソナタのCDを聴いて一番気に入っていた。アラウのどこがいいのかと聞かれると返答に窮する。技術的にどうのということは私には分からない。ただ、概して遅めのテンポで弾くアラウの演奏スタイルは私の好みである。細部にではなく全体の構成に力点があることが分かりやすいようにも思う。 アラウのベートーヴェンのCDは Philips から1枚千円で出ている。私が持っているのはソナタが3枚、それにディアベリ変奏曲のCDである。 ところがなぜか、アラウの1枚物ではあのハンマークラヴィアが見当たらなかった。ベートーヴェンを得意とするアラウにハンマークラヴィアの演奏がないとは思えず、あるなら出てよいように思うから、不思議だった。あるいは、よほどひどい演奏だったのか、とも想像した。 むろんベートーヴェンのソナタ全集を買えば入っているはずである。が、高価であるから全集まで買うのはためらっていた。 ある業者からの商業メールを経由してその業者のサイトで在庫を調べていたら、アラウのベートーヴェンのソナタ全集を見かけた。CD11枚で1万1千円ほどであるから、1枚換算で千円のCDを集めるのと同じ値段である。輸入のCDボックスとしては安いとはいえない。しかし弾みで注文してしまった。CD10枚組のミケランジェリのCDボックスが1500円で売っていたのでついでに注文してしまった。余計な出費であったかも知れない。 数日して2つのCDボックスが届いた。 実は今さらアラウの全集を買うのは無駄もある。既にベートーヴェンのソナタ3枚を持っているから、重複すると思えたからである。が、重複はなかった。1枚物で私が買ったソナタは1960年代の古い録音である。今回買ったCDボックスは主に、1980年代後半から90年代にかけて録音した、アラウの最晩年の録音だった。ベートーヴェンのソナタが全部入っており、そのほかにどこかにアンダンテ・ファヴォリを収録し、11枚目のボーナスCDとして私が持っているのより古い録音のディアベリ変奏曲が入っている。重複はなかった。 このCDボックスが届いてから私がかけたのは、ディアベリ変奏曲を含めて、後期の作品だけである。全体はまだ聴いていない。私の直感では、アラウの力点はどうしても中期の人気のある作品群にあるように想像する。今のところ聴いた中で最も初期に近いのは24番か26番のソナタであるけれども、何れも魅力的な演奏に映る。 ハンマークラヴィアがなぜ1枚もので出ていなかったのか、理由が分かった気がする。アラウは晩年にベートーヴェンの全集の再録音をしているけれども、14番(あの「月光」)とハンマークラヴィアだけは録音できなかったらしい。あのバックハウスも、ベートーヴェンの全集の晩年の再録音ではハンマークラヴィアは録音できなかった。それだけ、高齢になると体力的にハンマークラヴィアの演奏は難しくなる、ということかも知れない。 このCDボックスには、代わりに62年録音の月光と63年録音のハンマークラヴィアが収録されている。録音が古く音は鮮明とはいえないけれど、私の場合音がどうのは何の問題もない。 やはり何度も、29番のソナタ、ハンマークラヴィアを聴いてしまう。 アラウの演奏は概してテンポが遅く、従って演奏時間は長めである。だからハンマークラヴィアも、録音があるとすれば演奏時間は長いだろうと予想していた。 この予想は半分だけ当った。演奏時間は特に長いとはいえない。 アラウのハンマークラヴィアは全曲が45分ちょっと。「標準」から比べるとやや長いけれども、48分を超えるグールドやギレリスの演奏ほどは長くない。楽章別に見ると、長いのは緩徐楽章の第3楽章(20分25秒)である。この第3楽章は、私が持っている音源の中で最も長いグールドの20分44秒とほとんど同じである。逆に最後のフーガの第4楽章が11分40秒と、短い。バックハウスの約11分に近い短さである。 だからテンポの上で見ると、アラウはバックハウスと同様に、第3楽章をゆっくりと演奏し、第4楽章を早くしてコントラストを出すという戦略に出ているように見える。ただ、アラウのことであるから、バックハウスやポリーニのようなタッチの激しさはない。あくまでも堂々とした音楽を提示している。 アラウの演奏を繰り返し聴いてから、ギレリスとポリーニのハンマークラヴィアと聴き比べてみた。やはりそれぞれに特徴がある。ギレリスはゆっくりとしたテンポの中で細密画のような音を出しているし、ポリーニの演奏はリズム感とキレが際立つ。 アラウのも良い演奏である。やはり1枚物で売り出すべきだと感じた。 Claudio Arrau: Arrau Heritage Beethoven (11CD), Philips, 473 782-2. |
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