続・猫 (2001/03/28)

　私の実家は昔、田舎で瀬戸物屋をしていた。１９６０年代中頃までは、仕入れた瀬戸物の荷物はほとんど藁で包んであったと記憶している。藁を緩衝材として使っていたことになる。実家の店の裏は瀬戸物の倉庫だった。暗い倉庫をくぐって店に至ったことをよく覚えている。その倉庫の中というのは、まさに藁の山だった。
　当時は私の家だけでなく、いろんなところに藁があったように思う。冬の日の小学校の行き帰り、舗装されていない道路ではよく藁で焚き火をしている人がいた。私の家の場合、その藁を欲しがる人がいたらしく、時々藁を持っていってもらったという。でも家には藁が残る。敷地内で時折、藁で焚き火をし、その中にサツマイモを入れて焼いて食べたこともある。
　藁の倉庫には絶えず問題があった。野良猫である。猫がいついてしまう。藁の山は寝床によいのだろう。猫は当然、糞尿をする。それがまずい。私の家としては商売物だから、糞尿まみれにする訳にもいかない。臭いのもかなわない。だから猫は極力追い出す。
　困るのは子猫が生まれることである。そのまま飼う訳にもいかない。だから川に捨てていた。川に捨てるというのは、殺すということである。私の父や母が捨てに行ったこともあるかも知れないが、私が覚えているのは、当時家に住み込んでいた女の子（店員）が泣きながら捨てに行ったことである。
　当時は労働力が安かった。中卒の子が沢山いた。近くのどの商店にも、そうした女の子の店員が２、３人いるものだった。
　むろん、誰も好んで子猫を殺す訳ではない。が、こちらにも生活がある。野良猫を飼っていたらきりがない。
　父がどうであったかは覚えていない。が、私の母には動物を飼うことには抵抗があったようだ。人間１人食べて行くのも大変なものである。なのに犬や猫にも良い生活をさせようというが、どうにも割り切れない、という考えである。当時は全般的に世の中が貧しかった。その貧しさは学校に通う同級生の弁当の中身を見ればよく分かった。誰もが白米の弁当を持って来られる訳ではなかった。お金がなければ医者にもかかれず人間が死んでいた頃の話である。

　気づかぬうちに高度経済成長が進行した。高度経済成長は社会のあらゆる局面で貧富の格差を縮小させた。当然労働賃金も上がり、私の家でも店員を雇うのが難しくなった。面白いことに、瀬戸物の荷物も段々と藁ではなく、ダンボールで輸送されるようになった。その頃から倉庫で猫を見かけることはなくなったと思う。
　私の父が死んだのは２４年前である。その２年後くらいに私の実家は商売を完全にやめた。

　昨日、４月から小４になる娘が庭から私を呼ぶ。外に出て娘が指差す方を見ると、隣との塀の上にカラスがいて、その背後から猫が忍び寄っている。猫がカラスを捕まえようとしている。が、カラスもさるもの、猫は結局カラスを逃してしまった。

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