猫殺し (2001/08/06)

　学生の頃、大杉栄の自叙伝を読んだことがある。岩波文庫だったことを覚えている。思い立って探したがその本がなかなか見つからない。本日、大学の研究室の本棚の中にその本をやっと見つけた。『自叙伝・日本脱出記』という題の岩波文庫、星４つの本である。『自叙伝』は確かに読了した。『日本脱出記』まで読んだかどうかは記憶にない。
　大杉栄は関東大震災の折に虐殺されたアナーキストとして知られる。そう聞いただけで「暗いインテリ」という印象を私は持っていた。しかしこの自叙伝を読むとまったく逆、至極奔放な人である。１９世紀ロシアのアナーキストはつまるところ、自由主義的資本主義の体現者だったと、どこかで読んだことがある。大杉栄も時流が時流なら似たようなものだったかも知れない。

　その自叙伝に書いてあった内容を私はほとんど忘れている。今、手にとって中を眺めてみても、未知の本に対するごとくである。
　この本を探した理由は他でもない、唯一記憶しているエピソードを確認したかったためである。その個所は苦労せずに見つかった。大杉栄が子供の頃、猫を殺したというくだりである。
　大杉栄は１０歳の頃、喧嘩に明け暮れた。その挙句、罪のない犬や猫を殺したという。
　自叙伝によれば、大杉はある日、猫をなぶり殺しにして家に帰った。が、話には続きがある。大杉は気持ち悪くなって寝てしまう。熱もあったという。母が心配して枕もとにいる。と、大杉は夜中に急に起き上がり、妙な手つきをして「にゃぁ」と一声鳴いたという。
　ここで終われば怪談のような話である。が、話はまだ続く。母親は当然驚いたけれど、そこは明治の母である。軍人の妻である。大杉の母は大杉栄を「馬鹿」と怒鳴ってぶん殴る。もう一度殴る。大杉はそのまま寝てしまったという。むろん大杉栄が後年、その母から聞いた話である。
　それ以来、大杉栄は犬猫を殺すことはなくなったという。

　大杉がこのエピソードを自叙伝に載せたのは、彼の怪談趣味に発するのかも知れない。大杉は自叙伝の最後の方でもお化けを見た話を書いている。

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