猫と母 (2002/01/26)

　９月の末に子供が生まれた。できれば郷里にいる母に子供を見せに行きたいけれども、赤ん坊を連れて遠出することには難がある。生まれたばかりの子供は首も座らない。そのためか、私の母は私の家まで来て子供を見たいと言って来た。
　あいにく、母は子供が生まれた直後に体調を崩し入院した。幸いにも回復して退院した母は、１０月末のある日、電車で私の家まで来ると伝えてきた。当日私は、乗り換え駅のＯ駅まで母を出迎えに行った。
　母が私の家に来るにつけては１つの難問があった。猫である。６月から私の家には猫のチーコがいる。しかし母は猫が好きではない。比較的最近でも猫は嫌だと母が言ったのを記憶していた。だから母が家に着く前に猫がいることを納得してもらわなければならない。納得させる役は私以外にはいない。その任務を胸に秘めて私はＯ駅で母を出迎えた。
　小山駅で乗り換える途中に「実は」と切り出し、家で猫を飼い始めたことを母に伝えた。母は特に驚きもせず、猫のことを受け容れた。
　しかし母の訪問にはさらにもう一つの難問があった。庭には外猫のＡのための犬小屋が置いてある。あれは何かと尋ねられて何と答えるか、である。実は他に時折餌を食いに来る野良猫がいて、その猫のためである、とも言い難い。母と一緒に私の家に近づくにつれて、なんと言ったものかと私は思案した。
　うまいことに母は犬小屋には目を止めずに家に入った。生まれた子供と対面した。人情のなせるワザか、機嫌が良かった。
　とは言いながら、家の様子を気にするのは女の習性である。庭を見渡した母が家の中から犬小屋を指差して「あれは何？」と言う。「猫（チーコ）の別荘みたいなものだよ。」と私は平気で説明した。後でカミさんと娘が私の嘘の巧さに感心した。

　私の危機はもう一度、正月に訪れることになった。普段の正月は私が家族とともに郷里の母の家に行く。今年もそうするつもりでいたところ、元日に母から電話があった。来るなら３日の後にしてくれと母が言う。母と同居している姉がお客さんを２日と３日に家に呼ぶので、４日以降が都合がよいと言うのである。しかし私の方は今年はやけに忙しかった。４日には大学で重要な会議がある。その後も予定がつかない。そう言うと急遽、１月２日に母が私の家に来ることになった。孫たちの顔を見たかったのだろう。
　１月２日の朝、以前と同様に私はＯ駅まで母を迎えに行った。実は今度も「猫の難問」があった。母がこの前訪れた、その半月ほど後に、外猫のために１畳ほどの広さの温室を庭に建てたことである。植物の鉢も中には入っているけれど、主目的は猫であるので、猫用品が中にはいろいろ入っている。温室の中を覗けばどう見ても尋常な温室には映らない。この温室の存在を母にどう説明したものか、という難問が突如として降りかかった。
　幸い、今回も母は慌しく訪れて帰って行った。温室が目に止まらないはずはないけれど、あくまで温室で通した。この私の苦労も知らず、今日も外猫たちは嬉々として温室の餌を食べに来る。

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