続・猫缶 (2003/01/23)

　猫缶、つまり猫用の食糧缶詰にはグレードによる差がある。マルハ（MARUHA）の製品でいえば金缶、純缶、黒缶である。金缶が高級品で黒缶が庶民向け、純缶がその中間にあたる。値段も少なからず違っている。
　我が家ではもともと猫のチーコに純缶を与えていた。値段に差があるとき、下を選ぶのは何やら惨めな気がする。かといって上ではもったいない。そう考えて中間を選んで一応ほっとするのが貧乏人の習性である。

　カミさんは時折、高級品である金缶をチーコに買ってやろうといった。しかし私が金缶を買うことに強く反対していた。人間でも猫でも、生活水準は非可逆的である。高級品に慣れるのは早いけれど、いったん高級品の味をしめるとグレードを落とすことが出来なくなる。だから純缶ないしそのグレードの缶詰に留めることは守るべき一線と決めていた。本来、栄養の点で猫に缶詰は必要ない。固形の食糧は栄養のバランスがとれているし、繊維質が多い点では缶詰より優れているはずだ。
　しかし欲望が目の前にあるとき、パンドラの箱が開くのは時間の問題であった。ある日、カミさんが金缶を買ってきた。たまに与えるならよいだろう、という。買ってきたからには可愛いチーコに食べさせよう、という流れに私も抗することはできない。
　当初はチーコに金缶を与える頻度はそれほど多くなかった。しかし次第に、金缶に慣れたチーコは純缶レヴェルの缶詰は食べなくなった。猫が食べなくなるのは心配の種である。かくしてチーコの猫缶は金缶、ないし金缶レヴェルの缶詰になっていった。

　その後、「実は金缶の上があるさ」と訳知り顔でカミさんがいう。どこかの店で『こだわりの金缶』というのを見つけたらしい。缶詰の色も金缶とは違うのだ、という。その話を私が聞いて一ヵ月くらいたったある日、他の猫缶とともにその『こだわりの金缶』なる缶詰をカミさんが１個買ってきた。後で聞いた話、チーコにその『こだわりの金缶』を与えたら、チーコは喜んで食べただけでなく、流しに上がって『こだわりの金缶』の汁まで全部舐めたという。猫はグレードに敏感である。おかげで現在は、時折『こだわりの金缶』を買って来る。
　猫缶のグレードを上げてしまうのは仕方ない面もある。猫缶は同じ製品でも店によって値段が異なる。ある店では特定の製品だけなぜか安い。近くのスーパーの金缶の値段で、別の店では『こだわりの金缶』が買えることがある。そんなときは「ラッキー」と思って『こだわりの金缶』を買ってしまう。が、いったん高級品を買ってしまうと、安くなくても同じ猫缶を買うはめになる。消費社会の陥穽というべきだろう。
　それでも、「贅沢は人民の敵だ」と信じる禁欲的な私はチーコに『こだわりの金缶』に慣れさせまいと心を砕いている。

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