チーコと息子 (2004/01/12)

　野良だったチーコが我が家に住み始めたのは２００１年の６月初めである。そのほぼ４ヶ月後の９月末に息子のＹが生まれた。

　飼うにあたって、実は私はチーコに済まないことをしている。外にいた猫は病気を持っていることが多い。そこでカミさんがチーコを近くの動物病院に検査に連れて行った。検査の結果がどうであれ、いったん飼い始めたチーコのことは死ぬまで面倒を見ようと、私もカミさんも決めていた。幸い、チーコは猫エイズと猫白血病に感染していなかった。しかしチーコは妊娠しており、お腹の中には何匹かの赤ちゃんがいた。しかも医者によれば妊娠の状態が良くなく、生むことには危険があったようだった。だから医者は、チーコに流産と避妊手術を施すことを勧めた。
　獣医は一様に猫に避妊手術を勧める。飼い猫でも猫は外を出歩くものであり、性行為は主要な病気感染の契機であるから、避妊手術をすることが猫の寿命を延ばすのだ、という理屈である。しかも、子供を生めばその子供が野良化し、次の悲劇を生む可能性を高める。だから医者は、飼った猫に子供を作らせず、その猫を一生大事にすることを勧める。
　しかし私は流産も避妊手術もためらった。今から子供を生もうとする私とカミさんが、他方でチーコの子供を流産させることなどできようか。また、猫はペットではなく生き物なのだ。生き物が子孫を作ろうとするのは自然な摂理、自然な本能であり、妊娠する可能性を奪い去ることにどうしてもためらいがあった。
　何日か時間をおいて考えた。しかし結局、チーコには避妊手術をし、その際に流産させる措置をとった。

　そんなことがあった直後だろう、チーコは餌をくわえて、子供にやろうとするかのような仕草を見せた。声を上げて子供を捜すような仕草をした。そんなことが何度かあったとカミさんはいう。子供が実はいないのに、猫には母のような行動が備わっているのだろう。哀れな気がした。そのことについて私は口をつぐんだ。時が経ち、チーコの同じような行動を見ることはなくなった。

　息子のＹが生まれて何日かしたとき、カミさんは産婦人科を退院し、Ｙと一緒に家に戻った。チーコがＹという新参者にどう反応するかが少し気がかりだった。ライバルが来たと思い、チーコがＹに危害を加えまいかと懸念した。
　懸念はあたらなかった。チーコは同じくらいの大きさのＹに、大人の人間に対するように敬意を払った。
　最初はチーコと同じくらいの大きさだったＹは次第に大きくなり、じきに動き回るようになった。１年経つと歩くようになった。今はチーコの何倍もの大きさになっている。

　朝起きるとＹは庭に出たがる。チーコも同じように出たがるから、Ｙが外に出たときにはチーコも一緒に外にいる。カミさんと娘たちが一緒にいるとＹはそこに加わろうとするが、チーコも同じくみんなと一緒にいたがる。
　Ｙはよく、庭の道路沿いのフェンス脇で１人で遊ぶ。そんなときにはチーコもＹの近くで見かける。朝、カミさんがゴミを角まで出しに行くときにはＹがついてゆく。なぜかチーコも一緒にカミさんについてゴミを置く角まで行くのである。
　チーコはＹときょうだいのつもりなんだろうか、と私がいう。チーコはＹの母さんのつもりなんだよ、とカミさんがいう。そんなこともあるのかも知れない。
　チーコは夜、家族が寝ている布団の上で眠る。そんなときはいつも、カミさんとＹの間の布団のくぼみで寝ている。

メール