病猫 (2004/04/11)

　この件は現在進行中であり、その顛末はまだ見えない。

　野良猫の赤白が病気になった。赤白猫はずっと我が家に現れては食糧を食べている猫である。見た目は何の愛嬌もないオス猫である。寒い夜には庭の温室を避難場所にしているようだった。
　その赤白に変調があると気づいたのは、食糧を大量に吐いた跡を見つけたときである。３月も末のことだった。赤白が吐いたという証拠はない。別の猫かも知れない。が、赤白である可能性が高かった。
　赤白はその後も見かけたけれど、何やら元気がない様子だった。気がつくと、赤白が座っていた温室の猫コタツに血痕がついていた。そのことが気になっていると、赤白は前足をややビッコをひいているようだった。
　怪我をしている。赤白は喧嘩の多いオスであり、傷は絶えない。
　しかし単なる怪我なのかどうかは分からない。そもそも病気で体力が落ちているので、喧嘩をしても怪我をするのかも知れない、と思った。
　その後、赤白は日に一度は現れるけれども、あまり食べない。食糧に口をつけても食べた形跡がない。それまでは喜んで食べていた高めの缶詰さえ、食べていないようだった。
　身体が痩せたようにも見える。目つきがうつろな感じになった。病になったＡと同じような表情をしていた。
　実は外の猫は何時死んでも不思議はない。多くの外猫が猫エイズや猫白血病を持っている。Ａは白血病を持っていたから、Ａと一緒にいた赤白は少なくとも猫白血病に感染していると考えるべきだろう。猫はエイズや白血病そのもので死ぬわけではないけれど、それらで体力や免疫力が落ちたところで別の原因で危機に陥りやすいようだ。
　赤白は現れてもほとんど食べない、そんな状態が何日か続いた。まだ寒かった。だから暖房を入れている温室にいればよいものを、猫は人がそばに来る温室には長居をしない。
　実は、庭の温室から少し離れたところにイナバの物置がある。そのドアを少し開けて、猫食糧を置いてある。物置の奥には猫ベッドと、寝袋、毛布などが置いてある。赤白のような猫がそこでしのげるように、という準備である。その物置の中に赤白は居ついたようだった。近くに食糧もおいてあるので、その面でもよいのだろう。

　ある日、雨が降って寒かった。次の朝、赤白を物置の前で見かけた。赤白は普段は私に近づかないのに、そのときは私に寄ってきた。私は赤白のために、温室の中に猫食糧を置いた。しかし赤白は温室の中には入らない。正確に言えば、入り口から入ったのに、その奥、食糧がある所までは入らない。私は赤白を見るけれど、赤白は私からは顔を背けている。
　病になったＡの行動を思い出した。同じなのだ。私に近づいても顔はそむける。たぶん、病の顔を見せまいとしているのだろう。
　赤白をしばらく見ないと思ったある夜中、近くの電灯が猫の姿の影を塀に映した。よく見ると赤白が塀の上で背筋を伸ばしてしゃがんでいる。しゃがんでじっとしながら、東の方を見つめて動かない。近くに食糧の皿を置いても動かない。
　そんなことがＡにもあった。あの方角に何があるというのか。彼らの生まれた故郷がその方角にでもあるというのか。赤白の姿はじきに見えなくなっていた。

　赤白はあと数日で死ぬのではないか。そんな気がした。

　打つ手が何もないではなかった。赤白はほとんど食糧を出しても食べないけれど、雨で水浸しになった固形食糧には口をつけているのを見かけた。病気の人間がお粥なら食べられるように、水で柔らかくなった固形食糧なら食べられるのだろう。そう思って所々に水に浸した固形食糧を置くようにした。赤白はその食糧を口にするようになった。
　猫缶詰、パックの類も食べないけれど、いろいろ試すとカルカンの子猫用のパックなら食べると分かった。そこで近所のスーパーで子猫用のパックを買って来て、赤白に出すことにした。すべてを食べる訳ではないけれど、ある程度口にしているようだった。
　たぶん赤白に薬は効かない。Ａがそうだった。しかし赤白は怪我をしている。その怪我がマイナス要因であるかも知れない。そこで、以前に動物病院にかかった野良猫の名前を借りて、動物病院から怪我用の抗生物質をもらってきた。抗生物質は怪我にしか効かないけれど、怪我がある程度の原因であるならプラスになるだろうと思った。以前もらった抗生物質は錠剤であり、その錠剤を砕いて食糧にふりかけていた。が、今回もらってきたのは幸いに粉末であり、食糧に混ぜやすい。赤白はその薬を特に嫌がるようではなかった。

　かくして赤白は今、小康状態を保っているように見える。赤白は夜は、我が家の物置を住処にして、日中は外に出る。時折は我が家の敷地の外に出る程度の元気はあるようだ。

　時間が経てば赤白は元気になることができるのか、あるいは徐々に弱ってゆくのか。今のところまだ先は見えない。

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