過客（続々・病猫） (2004/06/01)

　野良にして我が家の外猫である赤白猫が現れなくなってから１週間以上が過ぎた。たぶんもう死んでいるのだろう。
　
　１０日ほど前の朝の５時頃のことである。私が寝室で寝ていると、ニャーニャーと猫の鳴く声がして私は目を覚ました。間近で猫の鳴き声がするとすれば家猫のチーコであるけれど、声の主はチーコではない。声は家の外からしている。私が寝ているのは戸のすぐ脇であり、外の音はよく聞こえるのだ。寝室の戸を開けた。すると赤白猫がいた。赤白猫は戸のそばの、枯れたベンジャミンが挿したままになっている鉢の上にいた。私を見ている。私はすぐにおきて庭に出た。赤白猫に近づき、猫缶詰を皿に盛って赤白猫の近くに置いた。赤白は鉢から降りて缶詰食糧を食べ始めた。外は小雨が降っていた。
　２時間ほどして赤白猫は去っていった。去るときにも鳴き声をあげて挨拶をした。金曜日のことだった。
　赤白猫は次の日の土曜にも、２日後の日曜にも現れた。日曜には昼近くになって、赤白が庭の中ほどの草の上にしゃがんでいた。缶詰食糧をあげたけれど食べなかった。赤白はベンジャミンの鉢やエアコンの機械の上にしゃがんで時を過ごした。やはり２時間ほどすると姿を消した。しかしその後、私がドアを開けるとドアの近くに赤白猫がいた。猫缶詰を皿にあけて赤白の近くに置いたけれど、結局食べずに去って行ってしまった。赤白猫は尻尾の付け根を怪我したままであるけれど、動く姿は元気そうに見えた。身体をゆすりながらチョコチョコ小走りに動く。どことなく犬のような動きに見えた。
　それが赤白を見た最後だった。

　赤白猫は、メスの野良猫にしてうちの外猫のＡにくっついていたオス猫である。昨年の暮れ、Ａは病気になり、やはりいなくなってしまった。そのときに死んだのだと思う。赤白猫はＡが消えてしばらくの間、姿を見せなかったが、また現れるようになった。私はＡにしてあげられることを赤白猫にしてあげようと思った。温室を赤白猫のために確保し、現れると缶詰かパックの食糧をあげることを常としていた。
　しかしＡがいなくなってから赤白は急速に元気がなくなったように見えた。頻繁に怪我をして血を流していた。春になって病を得たようであり、動きが鈍くなった。野良猫は逃げ道を確保して行動する。動きが鈍くなったからなのか、赤白は温室のような閉じた空間には入らなくなった。よく居場所にしていたのは、枯れたベンジャミンの木がそのままになっている鉢の上だった。雨が降ることが多くなったので、私はそのベンジャミンの鉢の近くに洗濯物干しのポールを持ってきて、洗濯竿に青いシートをかけて簡易の雨除けを作った。赤白猫はその場所が気に入ったようであり、多少の雨が降ってもシートの下のベンジャミンの鉢の上で丸まっていることが多かった。

　赤白猫の病気は一進一退であったように思う。一時はほどんと食糧を口に出来なかった。その後、多少回復して普通の固形食糧や缶詰食糧を食べるようになった。しかし食欲がどの程度かは、日によって異なり、何ともいえなかった。
　赤白を見るたびに、これが赤白を見る最後になるかも知れないと思い続けた。そして本当に現れなくなった。

　家猫のチーコと同様に、Ａも赤白猫も家族なのだ、と私は思っていたのだろう。彼らがそばに居るような自分自身を思い描いていたのだろう。だから私は願っていた。死ぬのなら、私の目の前で死んでくれ、と。私にお前を葬らせてくれと。
　しかし彼らはいうのだろう。お前には感謝するが、私はお前の持ち物ではないのだよ、と。私は私で生きて死んでゆくのだと。
　この１年の間に多くの猫たちが去っていった。夏にタヌキ猫が去った。冬にＡが去っていった。そしてまた、赤白猫が消えていった。
　この猫たちは留まる私を過ぎてゆく旅人だったのだろう。

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