白犬 (2004/06/29)

　夜中の１時頃のことである。２階で仕事をしていると猫の喧嘩のような声と物音が聞こえた。喧嘩が続くと猫が怪我をすることを心配して外に出てみた。
　外に出てみたけれど、周囲に猫の気配はない。庭のフェンスから道路を眺めると、いたのは白い犬である。犬は猫と争った風ではなく、落ち着いている。猫の体重が３、４キロとして、この犬は２０キロくらいあると思うので、猫が敵う訳がない。ここに犬がいることは、猫の喧嘩とは何の因果関係もない偶発的な事象であろうと思えた。
　しかし夜中に道路に犬が放し飼いでいることは稀である。いたとしても、犬はすぐにどこかに走り去るものである。しかしこの犬は、私の家の前辺りを行ったり来たりして立ち去る様子はない。しかも我が家の駐車場側の移動式のフェンスの下から庭に入ろうとしている。フェンスは猫なら簡単に通り抜けられるけれど、この犬でも通り抜けられそうだったのは意外だった。
　うちの庭には野良猫が来る。庭のどこかに子猫がいるかも知れない。だから私は身体を移動して犬が入ることをブロックすることに努めた。犬は諦めて立ち去ったかと見えて、また戻ってきては庭に入ろうとする。
　私の庭に入れなかった犬は隣のＴさん宅の庭に入って走り回っていた。
　家の中に戻り、寝ているカミさんにどうしたものかと相談する。カミさんは犬ぐらいではおきない。立ち去らないので、この付近の犬なのだろうかと私がいう。近所のＨさんの家ではちょうどこのくらいの白い犬を飼っていたのだ。しかしＨさんの犬は足が悪いから分かるはずだとカミさんはいう。この犬は足が悪そうではないので、Ｈさんの家の犬ではないと考えた。
　また家の外に出ると、猫温室に白い犬が入っているのが見えた。私が近づくと庭の外に出て行った。温室の中を見ると、猫用の固形食糧がすっかりなくなっていた。その犬が食べたのである。やはり犬の食べる量は猫の比ではない。
　その後も白犬は道路を行ったり来たりし続け、去らない。犬がフェンスの下から入るのを何度もブロックしたけれど、２度ほど庭の中に入ってきた。入ってくる理由は食糧をあさるためらしい。向かいのＫさんの庭に置いたバケツの水を飲んでいる音も聞こえた。
　懐中電灯で確認したところ、この犬には首輪がない。しかし首輪をした跡があるから、どこかの飼い犬が何らかの理由で首輪を外して出てきたのだろうと思えた。人間に危害を加えるそぶりは全くない。実におとなしそうな、愛嬌のある犬である。
　しかしこのままに放置するとこの犬はずっと私の庭にいるかも知れない。犬が嫌な訳ではないけれど、朝になればウチの家猫のチーコは庭に出る。夜中でも野良猫が来る。その猫たちに犬が危害を加える可能性があることが問題だった。
　こんな場合、保健所に連絡して何とかしてもらうのだろうけれど、あいにく今は夜中である。どうしたものかと考え、思い切って１１０番に電話した。電話に出た係員に事情を説明した。今から行く、という。

　警察が来るというので、私も道路に迎えに出ていた。傍に犬が来るけれども、ただ通りすぎるだけである。見たところ腹を空かせているようだった。家に戻って猫用の安い大きな缶詰とお椀を持ってきて、缶詰の中身をお椀に入れ、犬の近くに置いた。白犬はその猫缶をすぐに、よく食べた。警察はなかなか来なかった。
　やっと誰かがやって来たと思ったら、オートバイと車の総勢５名で警官が来てくれた。犬は専門外であろうに、わざわざよく来て下さったものである。道路は急ににぎやかになった。私はもう一度事情を説明した。
　この犬を「保護」してもよいけれど、保護して飼い主が現われないと「処分」しなければならない、という説明を受けた。それも可哀想だろう、という。その通りである。処分しなければならないようならウチで飼おうかと私は一瞬考えた。立ち去らないことを見るとこの犬はこの付近の飼い犬だろう、そういえばこの門の中に入ろうとしている、と警官の方の１人がいう。その門とはＨさん宅の門である。Ｈさんは同じような犬を飼っているはずだけれど、足が悪いので、この犬とは違うだろうと私は説明した。しかし警官の方はその白い犬が後ろ足を少し引きずっていることに気がついた。ということはこの白犬はＨさんの犬である。夜中にもかかわらず警官の方々がＨさんを起こし、犬を引き取ってもらうことに成功した。私もお礼を述べて家に戻った。
　この間、１時間半ほどの出来事だった。

　この白犬は、『What's Michael』というコミックに出てくる「シンノスケ」という白犬と感じが似ていた。犬もなかなか可愛いものだと思った。

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