チーコの３８時間　 (2005/09/14)

　８月初めのある土曜のことである。その日は卒業生で山口県在住のＹ君と大学で会うために１１時半近くに家を出た。１３時に教養学部棟１階ロビーでＹ君と会った。近くのレッドロブスターに出かけて１７時近くまで話した。レッドロブスターからはタクシーを呼んで南与野駅で一緒に降り、駅のホームでＹ君と別れた。私は大宮行きの電車の乗った。帰宅は１８時頃である。
　私が家に着くとちょうど、カミさんが、ケージに入れた野良子猫のコロちゃんを動物病院から連れ帰ったところだった。白血球の数が正常になったという。
　しかし、家猫のチーコが朝出てまだ帰っていないという。急に心配になった。
　チーコが家を出たのは朝の４時頃であり、そのときは私が見ていた。その後誰もチーコを見ていないので、１４時間、チーコは外出していることになる。それほど長くチーコが戻らないことは今までになかった。チーコは家猫とはいえ、家の出入りは自由で、よく外に出る。出るといっても長くて数時間、じきに必ず家に戻ってきていた。

　チーコが帰ってこないことには、原因らしきものが思い当たらぬでもなかった。そのことが心配を助長した。コロちゃんをチーコがいる居間でケージに入れて置いておいたことである。もともと、病気のコロちゃんは２階の私の部屋に、他の猫と一緒に住まわせていた。しかし７月の末に私は１０日ほど旅行に出ることになった。その間に病気のコロちゃんの面倒を見るのはカミさんしかおらず、カミさんはコロちゃんを２階ではなく１階の居間に置くことを求めた。そうでなければ面倒が見られないという。コロちゃんの存在がチーコのテリトリーを犯し、チーコがいづらくなるのを私は恐れたけれど、カミさんが強く言うので仕方ないと思った。その代わりチーコのご機嫌を取り、チーコの様子に注意するように私はカミさんに頼んだ。私の旅行中、コロちゃんを居間に置いても問題がなかったので、そのまま居間に置いていたのである。
　チーコが帰らないのは、コロちゃんを居間に置いたせいで、居場所がなくなったとチーコが感じたためではなかろうか？　そう思うとチーコを心配する気持ちに後悔の念も混じったのである。

　私は家の外に出て、チーコがいつも帰る方向、家の裏の畑の方向を眺めていた。次第に暗くなってきた。時折近所を歩き回った。しかしチーコは見つからず、時計は２０時を過ぎ、２１時を過ぎた。夜が更ければ戻ってくるだろうと期待したけれど、０時を過ぎても戻らなかった。私は４時頃までおきて外を眺め、時折外を歩いた。チーコが外に出て２４時間が経ってしまった。
　チーコはプイと家を出たのではなく、どこかで交通事故にあったのではないか？　別の猫に追い立てられ、戻る道が分からなくなってどこかを彷徨っているのではないか？　そんな心配が次から次へと湧き上がる。インターネットで迷い猫のサイトなどを見て、こういう場合どうすべきかを調べた。
　一寝入りしておきてもチーコは戻らなかった。昼頃、私は警察にチーコを遺失物として届けに行った。保健所は日曜で開いていないけれど、警察は窓口業務をしている。チーコの写真をプリンタで打ち出して持っていった。猫が交通事故にあった事件もあるけれど、係官は写真を見て「この猫ではない」という。情報が入れば知らせてくれるように頼んだ。
　私はまた近所を見て回った。カミさんと娘はチーコの写真を持って近所を回り、人から情報を収集した。
　いなくなってみて、チーコが実に、みんなにとって大事な家族であることを実感したのである。私も何も手に付かなかったけれど、娘たちも心配で何もできない。

　ぐったりと居間で横になっていた１８時頃、台所の方でカミさんや娘がチーコを呼ぶ声がした。チーコが戻ってきたのだ。たぶんいつものように風呂場の窓から家の中に入り、台所に行ったのだろう。急いでチーコの傍に行った。どこか怪我をしていないかと身体を触ったけれど、怪我はないようだった。
　私にとってのチーコ騒動は２４時間、チーコの外出は３８時間に及んだ。

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