エイズ猫　 (2006/06/09)

　その日は大学を２０時頃に出て帰路についた。帰宅は２１時１５分頃だったと思う。このところいつも帰りが遅い。でも私が帰るのを猫が何匹か待っていて、庭に集まる。私はいつものように猫たちに食糧をあげる。
　するとか細い声でニャーニャーと鳴く声が聞こえる。しばらく見なかった小黒だろうと私は思い、食糧を持って声の方向に移動した。が、いたのはもっと大きな、見知らぬ猫だった。私が持っている食糧を欲しそうにして鳴くので、あげた。するとまた私に寄ってきて鳴く。そこまで懇願されると知らぬふりもできずに、またあげた。
　この猫は図体がごつそうなのに、攻撃的なところがない。おとなしくしゃがむ。じっとしている。そして私に向かって何度も鳴く。他の猫たちとは一定の距離をとった。庭猫たちもそれ以上はこの猫には近づかない。
　野良猫でこれほど、人に恐れもなく近づく猫は少ない。どこかの飼い猫が迷ってここに来たのではないか。そんな気がした。
　しばらくして再び庭に出ると、件の猫の姿は見えなかった。しかしさっきとは少し離れた場所でしゃがんでいるのを見つけた。ずっとここにいると決めたかのようだ。
　そのうち小雨が降ってきた。庭に出てみると、その猫は、いつも大白たちがいる温室の中で寝ていた。

　家猫のチーコのことを思い出した。チーコも我が家に庭に入ってきて、家の者に盛んに鳴いて訴えた。一度、家の中に入れたけれどもまた外に出した。チーコは家の中に入りたくてガラス戸を何度もガリガリとかいた。
　娘たちがそのチーコを飼いたいと強く言う。が、私は猫はダメだと頑張った。
　しかし、次の日の朝になって、まだ庭にいたら、その猫を飼おう、とカミさんと話した。次の日の朝、庭を見てもチーコは見えなかったが、よく見ると車の下にいた。ガラス戸を開けて私が手でとんとんと床をたたくと、チーコは近づいて床の、私がたたいた場所に上がってきた。ちょうど５年ほど前の、やはり６月だった。
　そのチーコを私もカミさんも思い出した。
　思い出したのはチーコのことだけではない。愛嬌のあるタヌキ猫のことを思い出した。タヌキ猫も捕まえて動物病院に連れて行った。検査の結果、エイズと白血病の２つに感染していると分かった。飼ってもよいと思っていたが、チーコと接触するのを恐れて、結局放置した。タヌキ猫は庭を去っていった。その後、１度は見たが２度目を見ることはなかった。先が長くないのであれば、死ぬまで保護してあげればよかったと後悔した。

　やはり、この猫が次の日の朝までここにいたなら、捕まえて動物病院に連れて行こう、と思った。
　明け方、庭を見ると、この猫の姿は温室にはなかった。しかし探してみると、車の下にいた。車の下で小雨を避けていた。
　朝になって温室を見ると、あの猫は温室の中にいた。大白とともに温室の中で寝ていたのである。
　この猫を捕まえて動物病院に連れて行こう、と決心した。
　猫を捕まえる手だけを考えた。しかしカミさんは、この猫はトロいので簡単に捕まえられる、という。実際、カミさんは温室に行き、この猫を後ろから掴んで洗濯籠の中に入れた。上から蓋をした。簡単に捕まえることができた。暴れるでもなかった。
　これだけおとなしいのは、人馴れしているのか、具合が悪いのか、分からなかった。
　
　動物病院にこの猫を運んだ。つれてゆく途中、この猫の口の中がただれているのが分かった。たぶん猫エイズだろう、と思った。だから他の猫たちは、この猫に近づかなかったのではないか？　
　病院では私が連れてきた猫はこの猫で１３匹目であるといわれた。１３匹か。その中には既に死んでしまった猫、どこかに消えてたぶん死んだ猫、私の家で保護して動物病院で死んだ猫もいた。
　検査をする前、エイズであったらどうするかと院長が聞く。ケージで飼うと私は答えた。
　検査の結果、やはり猫エイズであると分かった。抗生物質とインターフェロンをうってもらい、抗生物質の薬５日分を出してもらった。５日後につれてきて、この猫がどうなるか、ある程度分かるだろうといわれた。
　病院ではカルテを作るためにこの猫の名前を聞かれた。名前のことは考えていなかった。馴染みの猫と言う訳でもない。どうしようと迷っていると、今日は９日だから「九」（キュー）はどうかと、係の女性が言う。では、と、「九」ではなく「Ｑ」にしてもらった。
　Ｑを家に連れて戻った。結局、他の猫が３匹いる私の部屋に置くしかない。ベランダに置いたケージを部屋に引き入れて、Ｑを中に入れた。
　このケージは上の段があるのであるが、Ｑは上下運動はしない。それだけ元気がないのだろう。横になって寝ている。しかし食欲はあって、食糧をあげるとすぐに食べ切る。
　この部屋でエイズの猫をケージに入れて飼うのは、赤白に続いて２匹目である。赤白は、ここにつれてきたときにはだいぶ弱り、食欲もなかった。
　Ｑが他の猫、毛長、コロちゃん、モモちゃんとうまくやれるか、体調がどうなるかは、まだ分からない。

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